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  • かり使つかい1:おぼろづき伊勢いせ物語ものがたり

    むかし、おとこをとこありけり。そのおとこをとこ伊勢いせくにかり使つかいつかひきけるに、かの伊勢いせ斎宮さいぐうなりけるひとおや、「つねの使つかいつかひよりは、このひとよくいたれ」とやれりければ、おやことなりければ、いとねむごろにいたりけり。あしたにはかりいだててやり、ゆうゆふさりはかりつつ、そこにさせけり。かくて、ねむごろにいたつきけり。

    二日ふつかといよるおとこをとこ、われて「あむ」とおんなをんなもはた、いとあじともおもらず。されど、人目ひとめしげければ、えあず。使つかいつかひざねとあるひとなれば、とおとほくも宿やどさず。おんなをんなのねやちかくありければ、おんなをんなひとをしめて、ひとつばかりに、おとこをとこのもとにたりけり。おとこをとこはた、られざりければ、かた見出みいだしてふせるに、つきのおぼろなるに、ちいちひさきわらわわらはさきててひとてり。おとこをとこ、いとうれしくて、わがところりて、ひとつよりうしつまであるに、まだなにごともかたらぬにかりにけり。おとこをとこ、いとかなしくて、ずなりにけり。

    朗読ろうどく

    本文ほんぶん説明せつめい

    1: むかし、おとこをとこありけり
    • あり在り・有りある。いる。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    むかしおとこがいた。 現代語訳を表示
    2: そのおとこをとこ伊勢いせくにかり使つかいつかひける
    • いせ伊勢旧国名きゅうこくめい現在げんざい三重県みえけん北部ほくぶ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助到達点とうたつてん…に。
    • かりのつか狩の使朝廷ちょうていから狩猟しゅりょうのために諸国しょこく派遣はけんされる役人やくにん
    • 格助資格しかく…で。…として。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…が。…と。…ところ。
    そのおとこ伊勢いせくにかり使つかいとしてったところ、 現代語訳を表示
    3: 伊勢いせ斎宮さいぐうなりけるひとおや
    • かの彼の連語あの。その。
    • いせ伊勢旧国名きゅうこくめい現在げんざい三重県みえけん北部ほくぶ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • さいぐう斎宮伊勢神宮いせじんぐう奉仕ほうしする皇族こうぞく未婚みこん女性じょせい
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    その伊勢いせ斎宮さいぐうだったひとおやが、 現代語訳を表示
    4: 「つね使つかいつかひよりは、このひとよくいた」とやれけれ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • より格助比較ひかく基準きじゅん…より。
    • いた労る大切たいせつ世話せわをする。
    • 助動存続そんぞく…ている。…てある。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    「いつもの使者ししゃよりはこのひとによくしてあげなさい」とってやってあったので、 現代語訳を表示
    5: おやことなりけれいとねむごろにいたけり
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • こと言葉ことば
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    • いととても。非常ひじょうに。ほんとうに。
    • ねんごろなり懇ろなり形動熱心ねっしんだ。一生懸命いっしょうけんめいだ。
    • いた労る大切たいせつ世話せわをする。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    斎宮さいぐうは、)おやうことだったので、大変たいへんこころをこめて世話せわをした。 現代語訳を表示
    6: あしたかりいだててやり、
    • あしたあさ
    • 格助とき…に。…ときに。
    • 格助目的もくてき…に。…ために。
    • いだしたつ出し立つ出発しゅっぱつさせる。
    あさには支度したくをしてかりしてやり、 現代語訳を表示
    7: ゆうゆふさりはかつつ、そこさせけり
    • さり夕さり夕方ゆうがた
    • つつ接助反復はんぷく何度なんども…て。
    • 格助到達点とうたつてん…に。
    • さす助動使役しえき…させる。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    夕方ゆうがたかえってくるたびにそこにさせた。 現代語訳を表示
    8: かくてねむごろにいたつきけり
    • かくて斯くてこうして。このままで。
    • ねんごろなり懇ろなり形動熱心ねっしんだ。一生懸命いっしょうけんめいだ。
    • いたつく労く世話せわをする。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    このようにして、手厚てあつ面倒めんどうをみたのだった。 現代語訳を表示
    9: 二日ふつかといよるおとこをとこ、われて「」と
    • わる割る・破るこころみだれる。
    • あふあ(お)う会ふ・逢ふう。
    • む(ん)助動意志いし…う。…よう。…つもりだ。
    その二日ふつかよるおとこは、こころみだれて「おう」とう。 現代語訳を表示
    10: おんなをんなはたいとともおも
    • はたまた。
    • いとたいして。それほど。あと打消うちけし助動詞じょどうし「ず」があるため、この意味いみになる。
    • あふあ(お)う会ふ・逢ふう。
    • 助動打消うちけし意志いし…ないつもりだ。…まい。
    • 助動存続そんぞく…ている。…てある。
    • 助動打消うちけし…ない。
    おんな斎宮さいぐう)のほうもそれほどつようまいとおもっているわけではない。 現代語訳を表示
    11: されど人目ひとめしげけれ
    • されど然れどしかし。けれども。
    • ひとめ人目他人たにん視線しせん
    • しげし繁し・茂しおおい。たくさんある。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    • とうてい。とても。どうしても。あと打消うちけし反語はんご表現ひょうげんともない、「…できない」という不可能ふかのう意味いみあらわす。
    • あふあ(お)う会ふ・逢ふう。
    • 助動打消うちけし…ない。
    しかし、人目ひとめおおいので、どうしてもうことができない。 現代語訳を表示
    12: 使つかいつかひざねとあるひとなれとおとほくも宿やど
    • つかざね使ひ実使者ししゃ代表だいひょう
    • 〜あり補動~である。~状態じょうたいである。
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    • やどす宿す宿泊しゅくはくさせる。
    • 助動打消うちけし…ない。
    おとこは)使者ししゃ代表だいひょうにあたるひとなので、とおいところにめてはいない。 現代語訳を表示
    13: おんなをんなねやちかありけれ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • ねや寝屋・閨寝室しんしつ
    • あり在り・有りある。いる。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    おんな寝所しんじょちかくにまっていたので、 現代語訳を表示
    14: おんなをんなひとしづめて、
    • 格助対象たいしょう…を。
    • 静む寝静ねしずまらせる。
    おんな人々ひとびと寝静ねしずまるのをって、 現代語訳を表示
    15: ひとばかりおとこをとこもとたりけり
    • ねひとつ子一つ午後ごご11~11はんごろ時間じかんたい
    • ばかり副助程度ていど…ぐらい。…ほど。
    • 格助とき…に。…ときに。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助到達点とうたつてん…に。
    • たり助動完了かんりょう…た。…てしまった。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    ひとつの時分じぶんに、おとこのところにたのだった。 現代語訳を表示
    16: おとこをとこはたられざりけれ
    • はたまた。
    • らる助動可能かのう…ことができる。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    おとこもまたられなかったので、 現代語訳を表示
    17: かた見出みいだふせ
    • そと
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • かた方向ほうこう方角ほうがく
    • 格助対象たいしょう…を。
    • みいだす見出だすうちからそとる。
    • ふす伏す・臥すよこになる。る。
    • 助動存続そんぞく…ている。…てある。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…が。…と。…ところ。
    そとほうながらよこになっていると、 現代語訳を表示
    18: つきおぼろなるちいちひさきわらわわらはさきひと
    • 格助主格しゅかく…が。
    • おぼろなり朧なり形動ぼんやりかすんでいる。
    • 格助状態じょうたい…に。…の状態じょうたいで。
    • わら召使めしつかいの子供こども
    • 格助対象たいしょう…を。
    • 格助場所ばしょ…に。…で。
    • たつ立つてる。
    • たつ立つつ。
    • 助動存続そんぞく…ている。…てある。
    ぼんやりしたつきひかりなかに、ちいさい童女どうじょさきたせて、ひとっている。 現代語訳を表示
    19: おとこをとこいとうれしくて、ところて、
    • いととても。非常ひじょうに。ほんとうに。
    • 我・吾自分じぶん
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助到達点とうたつてん…に。
    • 率るれてく。ともなう。
    • いる入るはいる。かくれる。
    おとこはとてもうれしくおもって、自分じぶん寝所しんじょに(おんなを)れてはいって、 現代語訳を表示
    20: ひとよりうしつまである
    • ねひとつ子一つ午後ごご11~11はんごろ時間じかんたい
    • より格助時間的じかんてき起点きてん…から。
    • うしみつ丑三つ午前ごぜん2~2はんごろ時間じかんたい
    • あり在り・有りある。いる。
    • 接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    ひとつからうしつまでときがたったが、 現代語訳を表示
    21: まだなにごともかたらけり
    • かたらふら(ろ)う語らふはなつづける。いろいろとはなす。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • 接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    まだなにかたわないのに(おんなは)かえってしまったのだった。 現代語訳を表示
    22: おとこをとこいとかなしくて、なりけり
    • いととても。非常ひじょうに。ほんとうに。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • なる成る変化へんかする。なる。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    おとこはとてもかなしくて、なくなってしまった。 現代語訳を表示

    現代語訳げんだいごやく

    むかしおとこがいた。そのおとこ伊勢いせくにかり使つかいとしてったところ、その伊勢いせ斎宮さいぐうだったひとおやが、「いつもの使者ししゃよりはこのひとによくしてあげなさい」とってやってあったので、(斎宮さいぐうは、)おやうことだったので、大変たいへんこころをこめて世話せわをした。あさには支度したくをしてかりしてやり、夕方ゆうがたかえってくるたびにそこにさせた。このようにして、手厚てあつ面倒めんどうをみたのだった。

    その二日ふつかよるおとこは、こころみだれて「おう」とう。おんな斎宮さいぐう)のほうもそれほどつようまいとおもっているわけではない。しかし、人目ひとめおおいので、どうしてもうことができない。(おとこは)使者ししゃ代表だいひょうにあたるひとなので、とおいところにめてはいない。おんな寝所しんじょちかくにまっていたので、おんな人々ひとびと寝静ねしずまるのをって、ひとつの時分じぶんに、おとこのところにたのだった。おとこもまたられなかったので、そとほうながらよこになっていると、ぼんやりしたつきひかりなかに、ちいさい童女どうじょさきたせて、ひとっている。おとこはとてもうれしくおもって、自分じぶん寝所しんじょに(おんなを)れてはいって、ひとつからうしつまでときがたったが、まだなにかたわないのに(おんなは)かえってしまったのだった。おとこはとてもかなしくて、なくなってしまった。