接続体言、副詞、活用語の連体形に付く。ただし、「ごとし」に付く場合は連用形に付く。
かの伊勢の斎宮なりける人の親、
その伊勢の斎宮だった人の親が、「狩の使1:おぼろ月(伊勢物語)」:3
親の言なりければ、いとねむごろにいたはりけり。
(斎宮は、)親の言うことだったので、大変心をこめて世話をした。「狩の使1:おぼろ月(伊勢物語)」:5
わが人をやるべきにしあらねば、
自分の方から使いの者を送るわけにはいかないので、「狩の使2:夢うつつ(伊勢物語)」:2
かち人の渡れど濡れぬえにしあれば
徒歩の旅人が渡っても決して濡れない浅い入り江ですから――(私たちには)浅いご縁がありますから「狩の使2:夢うつつ(伊勢物語)」:21
唐土とこの国とは、言異なるものなれど、
唐の国とこの国とは、言葉は違っているが、「二十日の夜の月(土佐日記)」:20
月の影は同じことなるべければ、
月の光は同じことであるはずだから、「二十日の夜の月(土佐日記)」:21
人の心も同じことにやあらむ。
人の心も同じことなのだろうか。「二十日の夜の月(土佐日記)」:22
都にて山の端に見し月なれど
都では山の上に見た月だが、「二十日の夜の月(土佐日記)」:24
双なき武者なり。
並ぶ者のないほどの武人である。「吾妻人と都人(徒然草)」:2
吾妻人は、我が方なれど、
東国の人は、私と同郷だが、「吾妻人と都人(徒然草)」:15
偏にすくよかなるものなれば、
まったく無愛想な人々なので、「吾妻人と都人(徒然草)」:17
その益もあるにこそと覚え侍りし。
そのおかげもあるのだろうと思われましたことです。「吾妻人と都人(徒然草)」:26
俊成卿、「さる事あるらん。其人ならば苦しかるまじ。
俊成卿は「それ相応のわけがあるのだろう。その人ならばさしつかえないだろう。「忠度都落1:落人(平家物語)」:11
併しながら当家の身の上の事に候ふ間、
すべてそのまま自分の家の境遇に関わることでございましたので、「忠度都落1:落人(平家物語)」:17
一首なりとも御恩をかうぶらうど存じて候ひしに、
一首(だけ)であっても(自分の歌を入れていただいて)恩恵にあずかろうと思っておりましたが、「忠度都落1:落人(平家物語)」:23
一首なりとも御恩を蒙ッて、
一首(だけ)であっても恩恵にあずかって、「忠度都落1:落人(平家物語)」:29
勅勘の人なれば、名字をばあらはされず、
(忠度は)天皇の咎めを受けた人であるので、名前を公表なさらずに、「忠度都落2:故郷の花(平家物語)」:23
うらめしかりし事どもなり。
残念だった一連の出来事である。「忠度都落2:故郷の花(平家物語)」:28
中ごろのことなるに、
それほど遠くない昔のことであるが、「一寸法師1:旅立ち」:1
はや十二三になるまで育てぬれども背も人ならず。
早くも十二、三歳になるまで育てたけれども、身長も人並みでない。「一寸法師1:旅立ち」:11
ただ者にてはあらざれ、ただ化物風情にてこそ候へ、
(この子は)普通の人間ではない、まさに化け物のような者ですよ、「一寸法師1:旅立ち」:13
不思議に思ひて見れば、一興なる者にてありけり。
不思議に思って見ると、風変わりな者(がいるの)であった。「一寸法師2:上京」:15
「げにもおもしろき者なり」とて、御笑ひなされけり。
「まことにおもしろい奴だ」とおっしゃって、お笑いになった。「一寸法師2:上京」:17
一寸法師十六になり、背はもとのままなり。
一寸法師は十六歳になり、(しかし)身長は以前と同じである。「一寸法師3:姫君」:2
「まことは偽りならず。
「真相は(一寸法師の言ったことが)嘘ではない(ということだ)。「一寸法師3:姫君」:16
継母のことなれば、さしてとどめ給はず。
(母君は)継母であるので、それほど(強く)引き止めることはなさらない。「一寸法師3:姫君」:28
かくていづかたへも行くべきならねど、
こうしてどちらへも行くことができるわけでもないけれども、「一寸法師4:鬼が」:2
鬼もおぢをののきて、「これはただ者ならず。
鬼も怖がって震えて、「これは普通の人間ではない。「一寸法師4:鬼が」:17
さて、このほど疲れに臨みたることなれば、まづまづ飯を打ち出し、
そして、このところ疲れに直面していることであるので、まずはご飯を打ち出し、「一寸法師4:鬼が」:24
「まことにいつくしき童にて侍る。いかさま、これは賤しからず」、先祖を尋ね給ふ。
「本当に美しい少年だ。どう見てもこれは身分の低い者ではない」(とおっしゃって)先祖をお尋ねになる。「一寸法師5:帰京」:5
おほぢは、堀河の中納言と申す人の子なり。
(一寸法師の父親である)おじいさんは、堀河の中納言と申し上げる人の子である。「一寸法師5:帰京」:6
人の讒言により、流され人となり給ふ、田舎にてまうけし子なり。
(堀河の中納言が)人の讒言によって流罪の人となられ、田舎で得た子である。「一寸法師5:帰京」:7
うばは、伏見の少将と申す人の子なり。
(母親である)おばあさんは、伏見の少将と申し上げる人の子である。「一寸法師5:帰京」:8
父母をも呼び参らせ、もてなしかしづき給ふこと、世の常にてはなかりけり。
(少将となった一寸法師が)父母をも呼び寄せ申し上げて、もてなし、大切に世話をなさることは、人並み以上であった。「一寸法師5:帰京」:12
これは表部外象のことなり。
これは表面的な体の外側の様子のことである。「翻訳苦心談1:読みはじめ(蘭学事始)」:5
その名処はみな知れたることなれば、
その名称はみなわかっていることなので、「翻訳苦心談1:読みはじめ(蘭学事始)」:6
即ち解体新書形体名目篇これなり。
すなわち『解体新書』形体名目篇はこれである。「翻訳苦心談1:読みはじめ(蘭学事始)」:9
少しづつは記憶せし語ありても、前後一向にわからぬことばかりなり。
少しずつは記憶していた単語があっても、まったくわからないことばかりである。「翻訳苦心談1:読みはじめ(蘭学事始)」:13
たとへば、「眉(ウエインブラーウ)といふものは目の上に生じたる毛なり」とあるやうなる一句も、
たとえば、「眉(ウエインブラーウ)というものは目の上に生えている毛である」と書いてあるような一句も、「翻訳苦心談1:読みはじめ(蘭学事始)」:14
一行も解し得ることならぬことにてありしなり。
一行も解釈することができない状態だったのである。「翻訳苦心談1:読みはじめ(蘭学事始)」:18
「フルヘッヘンドせしものなり」とあるに至りしに、
「フルヘッヘンドしたものである」とある箇所に至ったが、「翻訳苦心談2:連城の玉(蘭学事始)」:2
これは如何なることにてあるべきと考へ合ひしに、
これはどういうことなのだろうと考え合ったが、「翻訳苦心談2:連城の玉(蘭学事始)」:4
これは如何なる意味なるべしと、また例の如くこじつけ考へ合ふに、
これはどういう意味であろうと、また例のように無理に解釈して考え合ったが、「翻訳苦心談2:連城の玉(蘭学事始)」:12
また掃除して塵土聚まればこれも堆くなるなり。
また掃除して塵や土が集まるとこれも高く積もるのである。「翻訳苦心談2:連城の玉(蘭学事始)」:16
鼻は面中に在りて堆起せるものなれば、
鼻は顔の中に存在して盛り上がっているものであるから、「翻訳苦心談2:連城の玉(蘭学事始)」:17
フルヘッヘンドは堆(ウヅタカシ)といふことなるべし。
フルヘッヘンドは盛り上がっているということであろう。「翻訳苦心談2:連城の玉(蘭学事始)」:18
青海原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
青い広い海をはるかに見渡すと、春日にある三笠山からのぼった月が見えることだよ「二十日の夜の月(土佐日記)」:13
そこなる足駄履かんと召されければ、
そこにある足駄をはこうとしてお召しに(なりそうに)なったところ、「一寸法師2:上京」:13