かくて年月送る程に、一寸法師十六になり、背はもとのままなり。さる程に、宰相殿に十三にならせ給ふ姫君おはします。御かたちすぐれ候へば、一寸法師、姫君を見奉りしより思ひとなり、いかにもして案をめぐらし、わが女房にせばやと思ひ、ある時、貢物の打撒取り、茶袋に入れ、姫君の臥しておはしますに、はかりごとをめぐらし、姫君の御口に塗り、さて茶袋ばかり持ちて泣きゐたり。
宰相殿御覧じて、御尋ねありければ、「姫君の、わらはがこの程取り集めて置き候ふ打撒を、取らせ給ひ御参り候ふ」と申せば、宰相殿、大きに怒らせ給ひければ、案のごとく姫君の御口に付きてあり。「まことは偽りならず。かかる者を都に置きて何かせん。いかにも失ふべし」とて、一寸法師に仰せつけらるる。一寸法師申しけるは、「わらはが物を取らせ給ひて候ふ程に、とにかくにもはからひ候へ、とありける」とて、心の中に嬉しく思ふこと限りなし。姫君はただ夢の心地して、あきれはててぞおはしける。
一寸法師、「とくとく」とすすめ申せば、闇へ遠く行く風情にて、都を出でて、足にまかせて歩み給ふ。御心の中、推し量らひてこそ候へ。あらいたはしや。一寸法師は、姫君を先に立ててぞ出でにけり。宰相殿は、あはれ、このことをとどめ給ひかしとおぼしけれども、継母のことなれば、さしてとどめ給はず。女房たちも付き添ひ給はず。
こうして年月を送るうちに、一寸法師は十六歳になり、(しかし)身長は以前と同じである。さて、宰相殿(のところ)に十三歳になられる姫君がいらっしゃる。ご容貌が美しうございますので、一寸法師は姫君を拝見した時から恋心を持つようになり、どのようにでもして思案して、自分の妻にしようと思い、ある時、献上品の米を取って茶袋に入れ、姫君が寝ていらっしゃる時に、計略をたてて、姫君のお口に(米の粉を)塗り、そして茶袋だけを持って泣いていた。
宰相殿が御覧になって、(泣いている理由について)お尋ねがあったので、「姫君が、私がこの頃取り集めておきました米を、取り上げなさって召し上がります」と申し上げると、宰相殿はひどく立腹なさ(って御覧にな)ったところ、予想したとおりに姫君のお口に(米の粉が)付いている。「真相は(一寸法師の言ったことが)嘘ではない(ということだ)。このような者を都に置いてどうしようか、いや、どうしようもない。どのようにでも追い出しなさい」と言って、一寸法師に命令なさった。
一寸法師が(姫君に)申し上げたことは、「(あなたが)私の物をお取りになりますので、どのようにでも取りはからいなさい、と(宰相殿のご指示が)あった」と言って、心の中で嬉しく思うことはこの上ない。姫君はまさに夢を見ているような気がして、茫然としていらっしゃった。一寸法師が「早く早く」と(出発を)お勧めするので、(姫君は)暗闇の中へ遠くまで行くような様子で、都を出て、足が向くままにお歩きになる。(姫君の)御心のうちを推し量ります。ああ、何と気の毒なことよ。一寸法師は、姫君を先に立たせて(後に付いて)出て行ってしまった。宰相殿は、「ああ、(姫君の母君が)このことをお止めになってくれよ」とお思いになったけれども、(母君は)継母であるので、それほど(強く)引き止めることはなさらない。侍女たちも付き添いなさらない。