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  • 忠度ただのりの都落みやこおち2:故郷こきょうはな平家物語へいけものがたり

    三位さんみこれをあけてて、「かかるわすれがたみをたまりおきそうらさうらぬるうえうへは、ゆめゆめ疎略そらくぞんずまじうそうら(ろ)さうら御疑おんうたがあるべからず。さても唯今ただいまおんわたりこそ、なさけもすぐれてふう、あわあはれもことにおもられて、感涙かんるいおさそうらさうら」とのたまば、薩摩守さつまのかみよろこンで、「いま西海さいかいなみそこしずしづまばしずしづめ、山野さんやにかばねをさらさばさらせ、浮世うきよおもおくことそうらさうらず。さらばいとまもうまうして」とて、うまにうちり、かぶとをしめ、西にしをさいてぞあゆませたま(も)たま

    三位さんみうしろをはるかにおくッてたたれたれば、忠度ただのりこえこゑとおぼしくて、「前途程遠せんどほどとおせんどほどとほし、おもひ雁山がんざんゆうべゆふべくもす」と、たからかにくちずさみたまば、俊成卿しゅんぜいのきょうしゅんぜいのきゃう、いとど名残なごりしうおぼえて、なみだをおさてぞたま(も)たま

    其後そののちまッて、千載集せんざいしゅうせんざいしふせんぜられけるに、忠度ただのりのありし有様ありさまおきしこと今更いまさらおもでてあわあはれなりければ、かの巻物まきもののうちに、さりぬべきうたいくらもありけれども、勅勘ちょくかんひとなれば、名字みょうじみゃうじをばあらされず、「故郷花こきゃうのはな」といだいにてよまれたりけるうた一首いっしゅぞ、「読人知よみびとしらず」とれられける。

    さざなみや志賀しがみやこはあれにしをむかしながらのやまざくらかな

    其身そのみ朝敵ちょうてきてうてきとなりにしうえうへは、子細しさいにおよばずといながら、うらめしかりしことどもなり。

    本文ほんぶん説明せつめい

    1: 三位さんみこれあけてて、
    • さんみ三位藤原俊成ふじわらのしゅんぜい当時とうじ歌壇かだん第一人者だいいちにんしゃ。三俊成しゅんぜい位階いかい
    • 格助対象たいしょう…を。
    • みる見るる。
    三位さんみはこれをけてて、 現代語訳を表示
    2: かかるわすれがたみたまおきそうらさうらぬるうえうへは、
    • かかり斯かりこのようだ。
    • わすれがたみ忘れ形見わすれることのできない記念きねんしなわすがたし」と「形見かたみ」をかさねた
    • 格助対象たいしょう…を。
    • たま賜る・給はるいただく。頂戴ちょうだいする。
    • らふら(ろ)う〜候ふ補動~です。~ます。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • 以上いじょう
    「このようなわすれがたい記念きねんしなをいただきましたからには、 現代語訳を表示
    3: ゆめゆめ疎略そらくぞんまじうそうら(ろ)さうら
    • ゆめゆめ努努まったく。全然ぜんぜん
    • そらく疎略物事ものごとおろそかにあつかうこと。
    • 格助対象たいしょう…を。
    • ぞんず存ずおもう。かんがえる。
    • まじ助動打消うちけし意志いし…ないつもりだ。…まい。
    • らふら(ろ)う〜候ふ補動~です。~ます。
    けっしていい加減かげんにはかんがえないつもりです。 現代語訳を表示
    4: 御疑おんうたがあるべから
    • あり在り・有りある。いる。
    • べし助動命令めいれい…せよ。…なさい。
    • 助動打消うちけし…ない。
    (そのわたし決意けついを)おうたがいになってはいけません。 現代語訳を表示
    5: さても唯今ただいまおんわたりこそ
    • さても然てもそれにしても。さて。
    • ただいま只今いまこのときいま」をつよめていう
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • わたり渡り来訪らいほう
    • こそ係助強意きょうい…こそ。
    それにしてもこのたびの御訪問ごほうもんこそは、 現代語訳を表示
    6: なさけもすぐれてふう、あわあはことにおもて、
    • なさけ人情にんじょうおもいやり。
    • ふかし深しふかい。
    • しみじみとした感慨かんがい
    • ことに異に・殊にとくに。とりわけ。
    • おもしる思ひ知るにしみてわかる。
    • 助動自発じはつ自然しぜんと…れる。
    気持きもちもとりわけふかく(かんじられ)、しみじみとした感慨かんがい格別かくべつなものとして自然しぜんおもられて、 現代語訳を表示
    7: 感涙かんるいおさそうらさうら」とのたま 感動かんどうなみだおさえることがむずかしいのです」とおっしゃると、 現代語訳を表示 8: 薩摩守さつまのかみよろこンで、
    • さつまのかみ薩摩守平忠度たいらのただのり平安へいあん末期まっき武将ぶしょう歌人かじん薩摩さつま現在げんざい鹿児島県かごしまけん)のくに長官ちょうかんにんじられていたのでこのようにばれる。
    薩摩守さつまのかみよろこんで、 現代語訳を表示
    9: いま西海さいかいなみそこしずしづしずしづめ、山野さんやかばねさらささらせ、
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助場所ばしょ…に。…で。
    • 接助順接じゅんせつ仮定かてい条件じょうけんもし…ならば。ここでは、動詞どうし未然形みぜんけい+「ば」+動詞どうし命令形めいれいけいかたちで、放任ほうにんほうという用法ようほうもちいられており、「もし…ならば…てもかまわない」という意味いみになる。
    • 格助場所ばしょ…に。…で。
    • かばね死体したい遺骨いこつ
    • 格助対象たいしょう…を。
    • さらす晒す・曝す日光にっこうかぜあめたるままにしておく。
    • 接助順接じゅんせつ仮定かてい条件じょうけんもし…ならば。ここでは、動詞どうし未然形みぜんけい+「ば」+動詞どうし命令形めいれいけいかたちで、放任ほうにんほうという用法ようほうもちいられており、「もし…ならば…てもかまわない」という意味いみになる。
    • さらす晒す・曝す日光にっこうかぜあめたるままにしておく。
    いま西方さいほううみなみそこしずむならしずんでもよい、山野さんや死体したいをさらすならさらしてもよい、 現代語訳を表示
    10: 浮世うきよおもおくことそうらさうらさらばいとまもうまうて」とて
    • うきよ浮世俗世間ぞくせけん無常むじょうなか
    • 格助場所ばしょ…に。…で。
    • おもおく思ひ置くおものこす。未練みれんのこす。
    • らふら(ろ)う候ふあります。います。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • さらば然らばそれならば。それでは。
    • いとま離別りべつわかれ。
    • うす申すもうげる。
    • とて格助引用いんよう…とって。…とおもって。
    この俗世ぞくせおものこすことはございません。それでは、おわかれをもうげて」とって、 現代語訳を表示
    11: うまうちり、かぶとしめ、
    • 格助対象たいしょう…に。
    • うち〜接頭ちょっと。ふと。
    • かぶと兜・甲・胄あたまにかぶり、頭部とうぶまも武具ぶぐ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • ひも。いと
    • 格助対象たいしょう…を。
    うまり、かぶとひもめ、 現代語訳を表示
    12: 西にしさいてあゆまたま(も)たま
    • 格助対象たいしょう…を。
    • さす指す補動目指めざす。「さい」は「さす」の連用形れんようけい「さし」の「し」がイ音便おんびんしたもの。
    • 係助強意きょうい
    • あゆむ歩むあるく。歩行ほこうする。
    • 助動使役しえき…せる。
    • 〜たまふま(も)う〜給ふ補動~なさる。お~になる。
    西にしして(うまを)あゆませなさる。 現代語訳を表示
    13: 三位さんみうしろはるかにおくッてたたたれ
    • さんみ三位藤原俊成ふじわらのしゅんぜい当時とうじ歌壇かだん第一人者だいいちにんしゃ。三俊成しゅんぜい位階いかい
    • 格助対象たいしょう…を。
    • はるかに遥かに
    • たつ立つつ。
    • 助動尊敬そんけい…なさる。お…になる。
    • たり助動存続そんぞく…ている。…てある。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…と。…ところ。
    三位さんみがそのうし姿すがたとおくなるまで見送みおくってっていらっしゃると、 現代語訳を表示
    14: 忠度ただのりこえこゑとおぼしくて、
    • ただのり忠度平忠度たいらのただのり平安へいあん末期まっき武将ぶしょう歌人かじん
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • おぼし思し・覚しそうおもわれる。そのようにられる。
    忠度ただのりこえおもわれるこえで、 現代語訳を表示
    15: 前途せんどほどとおとほし、おもいおもひ雁山がんざんゆうべゆふべくもす」と、
    • せんど前途前途ぜんと。これからみちのり。
    • ほど距離きょり
    • おも思ひおもうこと。かんがえ。
    • 格助対象たいしょう…を。
    • がんざん雁山現在げんざい中国ちゅうごく山西省さんせいしょう北部ほくぶにあるやま忠度ただのりはここで大江おおえの朝綱あさつなが908ねん渤海ぼっかいからの使者ししゃおくった惜別せきべつ朗詠ろうえいしている。雁山がんざんはその使者ししゃ帰途きとにあるやま
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 夕べ夕方ゆうがた
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助到達点とうたつてん…に。
    • はす馳すはしらせる。
    「これからみちとおい。おもいを(はる彼方かなたの)雁山がんざんにかかる夕暮ゆうぐどきくもける」と、 現代語訳を表示
    16: たからかにくちずさみたま
    • たからかなり高らかなり形動こえおとおおきい。
    • くちずさむ口遊む詩歌しいかなどをこころかぶままにぎんじる。
    • 〜たまふま(も)う〜給ふ補動~なさる。お~になる。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…のて。…から。
    こえたからかに朗誦ろうしょうされるので、 現代語訳を表示
    17: 俊成卿しゅんぜいのきょうしゅんぜいのきゃういとど名残なごりしうおぼえて、なみだおさたまたま(も)
    • しゅんぜいのき俊成卿藤原俊成ふじわらのしゅんぜい当時とうじ歌壇かだん第一人者だいいちにんしゃ
    • いとどますます。いっそう。
    • なごり名残惜し心残こころのこりだ。
    • おぼゆ覚ゆ自然しぜんおもわれる。かんじられる。
    • 格助対象たいしょう…を。
    • 係助強意きょうい
    • いる入るはいる。かくれる。
    • 〜たまふま(も)う〜給ふ補動〜なさる。お〜になる。
    俊成しゅんぜいきょうはますます名残惜なごりおしくおもわれて、なみだをこらえて邸内ていないにおはいりになる。 現代語訳を表示
    18: 其後そののちまッて、千載集せんざいしゅうせんざいしふせんられける
    • 世間せけんなか
    • せんざいしふしゅう千載集藤原俊成ふじわらのしゅんぜいせん勅撰ちょくせん和歌わかしゅう。1185ねん成立せいりつ
    • 格助対象たいしょう…を。
    • せんず撰ず詩歌しいかなどを選定せんてい編集へんしゅうする。
    • らる助動尊敬そんけい…なさる。お…になる。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 格助とき…に。…ときに。
    そのなか平穏へいおんになって、(俊成しゅんぜいきょうが)千載せんざいしゅう編集へんしゅうなさったときに、 現代語訳を表示
    19: 忠度ただのりあり有様ありさまおきこと
    • ただのり忠度平忠度たいらのただのり平安へいあん末期まっき武将ぶしょう歌人かじん
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • あり在り・有りきている。健在けんざいである。
    • 助動過去かこ…た。
    • 助動過去かこ…た。
    • ことのは言の葉言葉ことば
    忠度ただのり生前せいぜん有様ありさまのこした言葉ことばを、 現代語訳を表示
    20: 今更いまさらおもあわあはれなりけれ
    • いまさら今更いまになってあらためて。
    • おも思ひ出づおもす。
    • れなり形動情趣じょうしゅふかい。感動的かんどうてきだ。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    あらためておもして感慨かんがいふかかったので、 現代語訳を表示
    21: かの巻物まきものうち
    • かの彼の連語あの。その。
    • まきもの巻物かみきぬじくいてつくった書物しょもつ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • うちなか内部ないぶ
    • 格助場所ばしょ…に。…で。
    忠度ただのりからたくされた)その巻物まきものなか 現代語訳を表示
    22: さりべきうたいくらもありけれども
    • さり然りそうだ。そのとおりだ。
    • 助動強意きょういきっと…。
    • べし助動適当てきとう…のがよい。
    • あり在り・有り…ある。…いる。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • ども接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    勅撰ちょくせんしゅうえらばれるのに)ふさわしいうたはいくつもあったが、 現代語訳を表示
    23: 勅勘ちょくかんひとなれ名字みょうじみゃうじばあら
    • ちょくかん勅勘天皇てんのう命令めいれい処罰しょばつされること。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    • うじ名字いえ
    • 格助対象たいしょう…を。
    • 係助強意きょうい係助詞けいじょし「は」が格助詞かくじょし「を」のあといて濁音だくおんしたもの。
    • 助動尊敬そんけい…なさる。お…になる。
    • 助動打消うちけし…ない。
    忠度ただのりは)天皇てんのうとがめをけたひとであるので、名前なまえ公表こうひょうなさらずに、 現代語訳を表示
    24: 故郷こきょうのこきゃうのはな」といだいにてよまたりけるうた一首いっしゅ
    • こき故郷ふるさと。ここでは旧都きゅうともちいられている。
    • はなさくらはな
    • にて格助状態じょうたい…で。…の状態じょうたいで。
    • 助動尊敬そんけい…なさる。お…になる。
    • たり助動完了かんりょう…た。…てしまった。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 〜しゅ〜首接尾漢詩かんし和歌わかかぞえるとき使つか助数詞じょすうし
    • 係助強意きょうい
    故郷こきょうはな」というだいでおみになったうたしゅを、 現代語訳を表示
    25: 読人知よみびとしらず」とられける
    • よみびとしらず読人知らずそのうたんだひとがわからないということをしめここでははわかっているが、特別とくべつ事情じじょうにより公表こうひょうしないためにこの表現ひょうげんもちいられている。
    • いる入るれる。
    • らる助動尊敬そんけい…なさる。お…になる。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    読人よみびとらず」としておれになった。 現代語訳を表示
    26: さざなみや志賀しがみやこはあれむかしながらやまざくらかな
    • さざなみや細波や・小波や連語大津おおつ」「志賀しが」「長等ながらやま」など琵琶湖びわこ周辺しゅうへん地名ちめいみちび枕詞まくらことば
    • しが志賀天智てんじ天皇てんのうが667ねんみやことし、すうねん荒廃こうはいした大津京おおつきょうがあった土地とち
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • みやこ皇居こうきょのあるところ首都しゅと
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • 助動過去かこ…た。
    • 接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    • 〜ながら接尾~のままで。~のままの状態じょうたいで。ここでは「むかしながら」の「ながら」と「長等ながらやま」の「長等ながら」が掛詞かけことばになっている。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • かな終助詠嘆えいたん…だなあ。…ことだよ。
    志賀しが旧都きゅうとれはててしまったが、むかしのまま(のうつくしさ)でいている(長等ながらやまの)山桜やまざくらであることよ 現代語訳を表示
    27: その朝敵ちょうてきてうてきなりうえうへは、子細しさいおよばといながら
    • 身分みぶん
    • ちょうてき朝敵朝廷ちょうていそむぞく
    • なる成る変化へんかする。なる。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • 助動過去かこ…た。
    • 以上いじょう
    • しさい子細くわしい事情じじょう。わけ。
    • 格助到達点とうたつてん…に。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • ながら接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    その朝廷ちょうていてきとなってしまった以上いじょうは、(あれこれと)こまかくうことではないとはいうものの、 現代語訳を表示
    28: うらめしかりことどもなり
    • うらめし恨めしうらみにおもわれる。残念ざんねんだ。
    • 助動過去かこ…た。
    • 〜ども接尾おおくの~。
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。
    残念ざんねんだった一連いちれん出来事できごとである。 現代語訳を表示

    現代語訳げんだいごやく

    三位さんみはこれをけてて、「このようなわすれがたい記念きねんしなをいただきましたからには、けっしていい加減かげんにはかんがえないつもりです。(そのわたし決意けついを)おうたがいになってはいけません。それにしてもこのたびの御訪問ごほうもんこそは、お気持きもちもとりわけふかく(かんじられ)、しみじみとした感慨かんがい格別かくべつなものとして自然しぜんおもられて、感動かんどうなみだおさえることがむずかしいのです」とおっしゃると、薩摩守さつまのかみよろこんで、「いま西方さいほううみなみそこしずむならしずんでもよい、山野さんや死体したいをさらすならさらしてもよい、この俗世ぞくせおものこすことはございません。それでは、おわかれをもうげて」とって、うまり、かぶとひもめ、西にしして(うまを)あゆませなさる。

    三位さんみがそのうし姿すがたとおくなるまで見送みおくってっていらっしゃると、忠度ただのりこえおもわれるこえで、「これからみちとおい。おもいを(はる彼方かなたの)雁山がんざんにかかる夕暮ゆうぐどきくもける」と、こえたからかに朗誦ろうしょうされるので、俊成しゅんぜいきょうはますます名残惜なごりおしくおもわれて、なみだをこらえて邸内ていないにおはいりになる。

    そのなか平穏へいおんになって、(俊成しゅんぜいきょうが)千載せんざいしゅう編集へんしゅうなさったときに、忠度ただのり生前せいぜん有様ありさまのこした言葉ことばを、あらためておもして感慨かんがいふかかったので、(忠度ただのりからたくされた)その巻物まきものなかに(勅撰ちょくせんしゅうえらばれるのに)ふさわしいうたはいくつもあったが、(忠度ただのりは)天皇てんのうとがめをけたひとであるので、名前なまえ公表こうひょうなさらずに、「故郷こきょうはな」というだいでおみになったうたしゅを、「読人よみびとらず」としておれになった。

    志賀しが旧都きゅうとれはててしまったが、むかしのまま(のうつくしさ)でいている(長等ながらやまの)山桜やまざくらであることよ

    その朝廷ちょうていてきとなってしまった以上いじょうは、(あれこれと)こまかくうことではないとはいうものの、残念ざんねんだった一連いちれん出来事できごとである。