かくて、鳥羽の津にも着きしかば、そこもとに乗り捨てて、都に上り、ここやかしこと見る程に、四条五条の有様、心も言葉にも及ばれず。さて、三条の宰相殿と申す人のもとに立ち寄りて、「もの申さん」と言ひければ、宰相殿は聞こしめし、おもしろき声と聞き、縁の端へ立ち出でて、御覧ずれども人もなし。一寸法師、かくて人にも踏み殺されんとて、ありつる足駄の下にて、「もの申さん」と申せば、宰相殿、不思議のことかな、人は見えずして、おもしろき声にて呼ばはる、出でて見ばやとおぼしめし、そこなる足駄履かんと召されければ、足駄の下より、「人な踏ませ給ひそ」と申す。不思議に思ひて見れば、一興なる者にてありけり。宰相殿御覧じて、「げにもおもしろき者なり」とて、御笑ひなされけり。
こうして、(一寸法師は)鳥羽の船着き場に着いたので、そこに舟を乗り捨てて、都に上り、あちらこちらを見物すると、四条・五条の様子は、想像も及ばず言葉でも表せない(ほどすばらしい)。そして、三条の宰相殿と申し上げる人の所に立ち寄って、「ごめんください」と言ったところ、宰相殿はそれをお聞きになって、おもしろい声だと聞いて、(邸宅の)縁先に出て来てご覧になるがだれもいない。一寸法師は、こうして(いては)人に踏み殺されるだろうと思って、そこにあった足駄の下で、「ごめんください」と申し上げたところ、宰相殿は、不思議なことだなあ、人(の姿)は見えなくて、おもしろい声で叫んでいる、外に出てみようとお思いになり、そこにある足駄をはこうとしてお召しに(なりそうに)なったところ、足駄の下から、「人をお踏みにならないでください」と申し上げる(声がする)。不思議に思って見ると、風変わりな者(がいるの)であった。宰相殿はご覧になって、「まことにおもしろい奴だ」とおっしゃって、お笑いになった。