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  • かり使つかい2:ゆめうつつ(伊勢いせ物語ものがたり

    つとめて、いぶかしけれど、わがひとをやるべきにしあらねば、いとこころもとなくてれば、けはなれてしばしあるに、おんなをんなのもとより、ことばはなくて、

    きみしわれやゆきけむおもえずゆめうつつてかさめてか

    おとこをとこ、いといきてよめる、

    かきくらすこころのやみにまどにきゆめうつつとは今宵こよいこよひさだめよ

    とよみてやりて、かりでぬ。

    ありけど、こころはそらにて、今宵こよいこよひだにひとめて、いととくあむとおもに、くにかみいつきみやかみかけたる、かり使つかいつかひありときて、ひとさけみしければ、もはらあごともえせで、けば尾張おわりをはりくにへたちなむとすれば、おとこをとこひとしれずなみだながせど、えあず。

    けなむとするほどに、おんなをんながたよりだすさかずきさかづきさらに、うたきてだしたり。りてれば、

    かちびとわたれどれぬえにしあれば

    きてすえすゑはなし。そのさかずきさかづきさら続松ついまつすみして、うたすえすゑきつぐ。

    またあふおうさかせきはこえなむ

    とて、くれば尾張おわりをはりくにへこえにけり。

    斎宮さいぐうみずみづ御時おおんときおほんとき文徳天皇もんとくてんのうもんとくてんわう御女みむすめ惟喬これたか親王みこいもうと

    朗読ろうどく

    本文ほんぶん説明せつめい

    1: つとめていぶかしけれ
    • つとめてつぎあさ翌朝よくあさ
    • いぶかし訝し事情じじょうがわからずがかりだ。
    • 接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    翌朝よくあさ、(おとこは)はっきりしなくてがかりだけれど、 現代語訳を表示
    2: ひとやるべきあら
    • 我・吾自分じぶん
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助対象たいしょう…を。
    • やる遣るかせる。つかわす。
    • べし助動適当てきとう…のがよい。
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。
    • 副助強意きょうい
    • 〜あり補動~である。~状態じょうたいである。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    自分じぶんほうから使つかいのものおくるわけにはいかないので、 現代語訳を表示
    3: いとこころもとなく
    • いととても。非常ひじょうに。ほんとうに。
    • こころもとなし心もとなしどおしい。じれったい。
    • 〜居り補動~ている。ずっと~ている。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…と。…ところ。
    大変たいへんじれったくおもいながらっていると、 現代語訳を表示
    4: けはなれてしばしあるおんなをんなもとよりことばなくて、
    • あけはなる明け離るよるがすっかりける。
    • しばし暫しすこしのあいだ。しばらく。
    • あり在り・有りときがたつ。
    • 格助とき…に。…ときに。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • もと元・本・許居所いどころ近辺きんぺん
    • より格助空間的くうかんてき起点きてん…から。
    • ことば言葉・詞詞書ことばがき和歌わかなどにけられる、状況じょうきょう説明せつめいするぶん
    • なし無しない。存在そんざいしない。
    すっかりよるけてからしばらくたったころに、おんなのところから、(うた以外いがいの)言葉ことばはなくて、 現代語訳を表示
    5: きみわれゆきけむおも
    • きみあなた。
    • 係助疑問ぎもん…か。…だろうか。
    • 助動過去かこ…た。
    • われ我・吾わたし
    • 係助疑問ぎもん…か。…だろうか。
    • けむ(けん)助動過去かこ推量すいりょう…ただろう。
    • おも思ほゆおもわれる。
    • 助動打消うちけし…ない。
    あなたがたのでしょうか、わたしったのでしょうか、わかりません 現代語訳を表示
    6: ゆめうつつさめて
    • 係助疑問ぎもん…か。…だろうか。
    • うつつ現実げんじつ
    • 係助疑問ぎもん…か。…だろうか。
    • 係助疑問ぎもん…か。…だろうか。
    • さむ覚む・醒むゆめねむりからめる。
    • 係助疑問ぎもん…か。…だろうか。
    あれはゆめなのか現実げんじつなのか、ているときのことなのか、目覚めざめているときのことなのか 現代語訳を表示
    7: おとこをとこいときてよめ
    • いととても。非常ひじょうに。ほんとうに。
    • 甚うひどく。はなはだしく。「いたく」の「く」がウ音便おんびんしたもの。
    • よむ詠むうたつくる。えいずる。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。
    おとこはとてもはげしくいて、んだ(うたは)、 現代語訳を表示
    8: かきくらすこころやみまど
    • かき〜掻き接頭一面いちめんに。
    • くらす暗すかなしみなどでこころくらくする。
    • こころこころ精神せいしん
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • やみこころみだまようこと。思慮しりょ分別ふんべつがなくなること。
    • 格助原因げんいん理由りゆう…によって。
    • まど惑ふどうしたらよいかわからなくなる。途方とほうれる。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • 助動過去かこ…た。
    くらやみなかにいるようにこころみだれてなになんだかわからなくなってしまいました 現代語訳を表示
    9: ゆめうつつとは今宵こよいこよひさだめよ
    • うつつ現実げんじつ
    • こよ今宵今晩こんばん今夜こんや
    • さだむ定むめる。判定はんていする。
    あれがゆめなのか現実げんじつなのかについては、今夜こんやたしかめてください 現代語訳を表示
    10: よみやりて、かり
    • よむ詠むうたつくる。えいずる。
    • やる遣るおくる。あたえる。
    • 格助目的もくてき…に。…ために。
    • 出づかける。出発しゅっぱつする。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    んでおんなのもとにおくって、かりかけた。 現代語訳を表示
    11: ありこころはそらにて、
    • 格助場所ばしょ…に。…で。
    • ありく歩くうごきまわる。あちこちうごく。
    • 接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    • こころこころ精神せいしん
    • そらなり空なり形動こころかない。もそぞろだ。
    野原のはらをあちこちかりをしてまわるが、こころはうわのそらで、 現代語訳を表示
    12: 今宵こよいこよひだにひとめて、いととくおも
    • こよ今宵今晩こんばん今夜こんや
    • だに副助最小限さいしょうげん期待きたいせめて…だけでも。
    • 静む寝静ねしずまらせる。
    • いととても。非常ひじょうに。ほんとうに。
    • とく疾くはやく。すぐに。いそいで。
    • あふあ(お)う会ふ・逢ふう。
    • む(ん)助動意志いし…う。…よう。…つもりだ。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…が。…と。…ところ。
    せめて今夜こんやこそはひと寝静ねしずまるのをって、とてもはやおうとおもっていると、 現代語訳を表示
    13: くにかみいつきみやかみかけたる
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • かみ律令制りつりょうせいくにごとにかれた役所やくしょ長官ちょうかん
    • いつきのみやのかみ斎宮頭斎宮さいぐうかんすることつかさど役所やくしょ長官ちょうかん
    • かく掛く・懸くねる。兼任けんにんする。
    • たり助動存続そんぞく…ている。…てある。
    このくに国司こくし斎宮いつきのみやりょう長官ちょうかん兼任けんにんしているひとが、 現代語訳を表示
    14: かり使つかいつかひありきて、ひとさけけれ
    • かりのつか狩の使朝廷ちょうていから狩猟しゅりょうのために諸国しょこく派遣はけんされる役人やくにん
    • あり在り・有りある。いる。
    • よひとよ夜一夜一晩中ひとばんじゅう夜通よどおし。
    • する。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    かり使つかい滞在たいざいしているといて、一晩中ひとばんじゅう酒宴しゅえんもよおしたので、 現代語訳を表示
    15: もはらごとも
    • もはら専ら全然ぜんぜんすこしも。
    • ごと逢ひ事うこと。
    • とうてい。とても。どうしても。あと打消うちけし反語はんご表現ひょうげんともない、「…できない」という不可能ふかのう意味いみあらわす。
    • …する。
    • 接助打消うちけし接続せつぞく…ないで。…なくて。
    まったく(おんなと)うこともできず、 現代語訳を表示
    16: 尾張おわりをはりくにへたちすれ
    • 接助順接じゅんせつ仮定かてい条件じょうけんもし…ならば。
    • 尾張旧国名きゅうこくめい現在げんざい愛知県あいちけん西部せいぶ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • たつ立つ出発しゅっぱつする。
    • 助動強意きょういきっと…。
    • む(ん)助動意志いし…う。…よう。…つもりだ。
    • する。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    よるけたら尾張おわりくにけて出発しゅっぱつしようとしているので、 現代語訳を表示
    17: おとこをとこひとしれずなみだなが
    • ひとしれず人知れず連語ひとられない。秘密ひみつである。
    • ちのなみだ血の涙連語ひどくなげかなしんでながなみだ
    • 格助対象たいしょう…を。
    • 接助逆接ぎゃくせつ確定かくてい条件じょうけん…けれども。…のに。
    • とうてい。とても。どうしても。あと打消うちけし反語はんご表現ひょうげんともない、「…できない」という不可能ふかのう意味いみあらわす。
    • あふあ(お)う会ふ・逢ふう。
    • 助動打消うちけし…ない。
    おとこもひそかにつらなみだながしてかなしむが、どうしてもうことができない。 現代語訳を表示
    18: するほど
    • 漸うだんだんに。次第しだいに。
    • 助動強意きょういきっと…。
    • む(ん)助動意志いし…う。…よう。…つもりだ。
    • する。
    • ほどおり時分じぶん
    • 格助とき…に。…ときに。
    よるがそろそろけようとするころに、 現代語訳を表示
    19: おんなをんながたよりだすさかずきさかづきさらうたきてだしたり
    • んながた女方斎宮さいぐうつかえる女房にょうぼうのいるところ
    • より格助空間的くうかんてき起点きてん…から。
    • いだす出だすす。さしす。
    • さか杯・盃さけむのにもちいる容器ようき
    • 係助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助対象たいしょう…に。
    • いだす出だすす。さしす。
    • たり助動完了かんりょう…た。…てしまった。
    おんなところからさかずきだいざらに、(おんなが)うたいてした。 現代語訳を表示
    20: りて
    • みる見るる。
    • 接助偶然ぐうぜん条件じょうけん…と。…ところ。
    ってると、 現代語訳を表示
    21: かちびとわたあれ
    • かちびと徒人あるいていくひと
    • 格助主格しゅかく…が。
    • 接助逆接ぎゃくせつ恒常こうじょう条件じょうけん…てもかならず。
    • 助動打消うちけし…ない。
    • うみみずうみ陸地りくちはいんだところわん
    • なり助動断定だんてい…だ。…である。「えに」は、1)名詞めいし」+助動詞じょどうし「なり」の連用形れんようけい「に」と、2)名詞めいしえに」との掛詞かけことばになっている。2)の場合ばあいつぎの「し」のあとの「あれ」は動詞どうし「あり」で、「えんがある」と解釈かいしゃくできる。
    • 副助強意きょうい
    • 〜あり補動〜である。〜状態じょうたいである。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    徒歩とほ旅人たびびとわたってもけっしてれないあさですから――(わたしたちには)あさいごえんがありますから 現代語訳を表示
    22: きてすえすゑなし
    • 和歌わかしも
    • なし無し…ない。…存在そんざいしない。
    いてあって、しもはない。 現代語訳を表示
    23: そのさかずきさかづきさら続松ついまつすみして
    • さか杯・盃さけむのにもちいる容器ようき
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 格助対象たいしょう…に。
    • ついまつ続松たいまつ。まつたけなどをもちいた照明具しょうめいぐ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • すみえて、くろくなってのこったもの。
    • して格助手段しゅだん方法ほうほう…で。
    そのさかずきだいざらに、たいまつののこりのすみで、 現代語訳を表示
    24: うたすえすゑきつぐ。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 和歌わかしも
    • 格助対象たいしょう…を。
    • かきつぐ書き継ぐあとつづけてく。
    うたしもくわえる。 現代語訳を表示
    25: またあふおうさかせきはこえ
    • あふおうさかのせき逢坂の関逢坂おうさかやまにあった関所せきしょ京都きょうとから東国とうごくへの出口でぐちたる。ここでは「逢坂おうさかせきえる」というかた男女だんじょ関係かんけいつことを暗示あんじしている。
    • 助動強意きょういきっと…。
    • む(ん)助動意志いし…う。…よう。…つもりだ。
    わたしは)また逢坂おうさかせきえてここへるつもりです――いつかまたきっといましょう 現代語訳を表示
    26: とてくれ尾張おわりをはりくにへこえけり
    • とて格助引用いんよう…とって。…とおもって。
    • 接助原因げんいん理由りゆう…ので。…から。
    • 尾張旧国名きゅうこくめい現在げんざい愛知県あいちけん西部せいぶ
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • 助動完了かんりょう…た。…てしまった。…てしまう。
    • けり助動過去かこ…た。…たそうだ。
    んで、よるけたので尾張おわりくにけて国境くにざかいえてったのだった。 現代語訳を表示
    27: 斎宮さいぐうみずみづ御時おおんときおほんとき文徳天皇もんとくてんのうもんとくてんわう御女みむすめ惟喬これたか親王みこいもうと
    • さいぐう斎宮伊勢神宮いせじんぐう奉仕ほうしする皇族こうぞく未婚みこん女性じょせい
    • 水の尾京都市きょうとし右京区うきょうく地名ちめいだい56だい清和せいわ天皇てんのう(850-880)が隠棲いんせいした。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • んとき御時天皇てんのう治世ちせい敬称けいしょう御代みよみず御時おおんとき」で清和せいわ天皇てんのう在位ざいいした時代じだい(858-876)をす。
    • もんとくてん文徳天皇だい55だい天皇てんのう。827-858。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • みむすめ御娘むすめ敬称けいしょう
    • これたかのみこ惟喬親王844-897。文徳もんとく天皇てんのうだい皇子おうじはは紀氏きし皇太子こうたいしになれず、出家しゅっけした。
    • 格助連体れんたい修飾しゅうしょくかく…の。
    • いもうと男性だんせいからて、そのあねまたはいもうと
    斎宮さいぐうは、清和せいわ天皇てんのう御代みよ(の斎宮さいぐうで)、文徳もんとく天皇てんのうむすめ惟喬これたか親王しんのう姉妹しまい(である)。 現代語訳を表示

    現代語訳げんだいごやく

    翌朝よくあさ、(おとこは)はっきりしなくてがかりだけれど、自分じぶんほうから使つかいのものおくるわけにはいかないので、大変たいへんじれったくおもいながらっていると、すっかりよるけてからしばらくたったころに、おんなのところから、(うた以外いがいの)言葉ことばはなくて、

    あなたがたのでしょうか、わたしったのでしょうか、わかりません   あれはゆめなのか現実げんじつなのか、ているときのことなのか、目覚めざめているときのことなのか

    おとこはとてもはげしくいて、んだ(うたは)、

    くらやみなかにいるようにこころみだれてなになんだかわからなくなってしまいました   あれがゆめなのか現実げんじつなのかについては、今夜こんやたしかめてください

    んでおんなのもとにおくって、かりかけた。

    野原のはらをあちこちかりをしてまわるが、こころはうわのそらで、 せめて今夜こんやこそはひと寝静ねしずまるのをって、とてもはやおうとおもっていると、このくに国司こくし斎宮いつきのみやりょう長官ちょうかん兼任けんにんしているひとが、かり使つかい滞在たいざいしているといて、一晩中ひとばんじゅう酒宴しゅえんもよおしたので、まったく(おんなと)うこともできず、よるけたら尾張おわりくにけて出発しゅっぱつしようとしているので、おとこもひそかにつらなみだながしてかなしむが、どうしてもうことができない。

    よるがそろそろけようとするころに、 おんなところからさかずきだいざらに、(おんなが)うたいてした。 ってると、

    徒歩とほ旅人たびびとわたってもけっしてれないあさですから――(わたしたちには)あさいごえんがありますから

    いてあって、しもはない。そのさかずきだいざらに、たいまつののこりのすみで、うたしもくわえる。

    わたしは)また逢坂おうさかせきえてここへるつもりです――いつかまたきっといましょう

    んで、よるけたので尾張おわりくにけて国境くにざかいえてったのだった。

    斎宮さいぐうは、清和せいわ天皇てんのう御代みよ(の斎宮さいぐうで)、文徳もんとく天皇てんのうむすめ惟喬これたか親王しんのう姉妹しまい(である)。